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2018年 ベスト・アルバム [リイシュー] 1位

第1位
V.A. 『日本クリスタルレコード 幻のジャズ・ポピュラー全集1935』

ぐらもくらぶ G10036


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アーカイブ・プロデューサー/戦前レコード文化研究家の保利透さんが主宰するぐらもくらぶの勢いが止まらない。

17〜18年末までにいったい何枚の復刻CDをリリースしただろう? しかもどれも音楽マニアの心をくすぐるものばかり。ぐらもくらぶによって、日本の戦前ポピュラー音楽の歴史が書き換えられたといってもいいすぎではない。

なかでもイチ押しなのが本作だ。

昭和10年(1935)、関西に拠点を置くニットー・レコードは東京進出に際して洋楽系レーベル、日本クリスタルを設立した。その音楽ディレクターに抜擢されたのが当時27歳の若き作曲家、服部良一(1907〜93)だった。

だが、服部に任された日本クリスタルの邦楽盤は、昭和10年5月の第1回発売から同年11月まで計21枚がリリースされて打ち切りになった。ニットーがタイヘイと合併したためである。

翌11年2月、マイナー・レーベルの限界を感じていた服部は、コロムビア・レコードに移籍し専属作曲家となった。

本作は、1年にも満たない活動期間にもかかわらず、のちに服部が「自分のやりたいことを相当、成就することができた」と述懐していた幻の日本クリスタル音源から23曲を厳選した奇跡的な復刻盤だ。

わたしが服部良一の音楽に惚れ込んだのは、89年に日本コロムビアから発売されたCD3枚組『日本のポップスの先駆者たち 服部良一 僕の音楽人生』と、同じくCD3枚組『日本のポップスの先駆者たち ブギの女王 笠置シヅ子』によってだった。

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『日本のポップスの先駆者たち 服部良一 僕の音楽人生』

当時、わたしは同時期に中村とうようさんの選曲で発売されたCDブック『キューバ音楽入門』に収録のアントニオ・マチーンの歌とドン・アスピアス楽団の演奏による30年発売の世界的大ヒット「南京豆売り」にゾッコンだった。その流れの中で〝懐メロ〟と思っていた服部良一の音楽が〝ワールド・ミュージック〟になった。併せてディック・リー 『マッド・チャイナマン』の影響も大きいと思う。

CD『僕の音楽人生』の最初に入っていた曲が「流線ジャズ」だった。昭和10年録音とは思えないモダンで斬新なジャズ・アレンジに驚嘆した。この曲こそ、たぶんCD復刻された唯一のクリスタル・レコードの音源である。

あれから約30年。もう新たに出てこないとあきらめていた服部のクリスタル音源とこうして出合えたのは奇跡としかいいようがない。

前述の「流線ジャズ」はじめ、服部が作編曲を手がけ指揮した8曲のほか、浅草オペラの時代から活躍した篠原正雄、ジャズ・ソングの先駆者の井田一郎〝日本のミフ・モール〟トロンボーン奏者の谷口又一〝日本のサッチモ〟南里文雄、服部が主催する「響友会」の門下生だった日系人レイモンド服部といった多士済々な顔ぶれが、編曲・指揮した15曲の計23曲からなる。

スウィング、タンゴ、ルンバ、ポルカ、ワルツ、ハワイアン、パソドブレ、ジャズ・コーラス、クラシック音楽など、当時、先端の西洋音楽の要素を大胆に取り入れながらも、日本人好みの親しみやすい大衆歌謡に仕上がっているあたりに、服部の好みが反映されているのだろう。

なかでも、CD版『僕の音楽人生』より7年前の82年に中央文芸社から刊行(没後の93年に日本文芸社から復刊)された自伝『ぼくの音楽人生』で、念願だった〝来年の日本と世界の姿を交響曲にまとめてレコードの表裏に吹き込んだ大作〟と語っていた「意想曲1936年」が聴けたのは収穫だった。

服部の指揮で、当時、最高レヴェルだった新交響楽団(現在のNHK交響楽団)に谷口又士斎藤広義などの一流ジャズメンが加わった意欲的な編成。「ヴォルガの舟歌」チャイコフスキー「スラヴ行進曲」のようなロシアの曲と、「戦友」「君が代」といった日本の曲からの引用が次々とあらわれるホーンズを生かした親しみやすい管弦楽作品に仕上がっている。

ほかにも、戦後に藤山一郎の歌でリメイクした「カスタネット・タンゴ」のオリジナル、17歳の恋の思い出を自ら作詞した感傷的なタンゴ曲「夜の浜辺」、ロシア風の土俗的なリズムにエキゾ風の混声コーラス、間奏のスティール・ギターがインパクト抜群の怪作「月のデッキ」など、聞きどころ満載。

コロムビア移籍後、昭和歌謡の大作曲家となっていった服部良一のたぐいまれな才能は、すでにこの時点でほぼ完成されていたことを物語る編集盤である。

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プロフィール

tpokjazz

Author:tpokjazz
50歳から走り始め、月平均走行距離300〜450kmの早朝型フォアフット・ランナー。フル・ベスト3時間33分09秒(グロス)。最近はウルトラ・マラソンにはまっています。高齢者介護施設の管理者のかたわら、音楽ライターとして『ミュージック・マガジン』と『レコード・コレクターズ』でワールド・ミュージックを中心に執筆。最近はなぜか郷土史も。